私の中での5Frの歴史?です。

私が思うには、1999年の鎌倉LIVE DEMONSTRATIONで斉藤滋先生がお披露目したのが、日本でのデビューであろうと思います。5Fr Zuma2でのPCIは衝撃的な物でした。
LIVEの後、メドトロニック株式会社に問い合わせが殺到したそうです。しかし、「日本にはまだほとんどは行って来ていないから」と、いう理由で、我々の手に入ったのはそれからずいぶん後のことでした。

次に私が見ることができたのは、1999年11月27日の八戸PTCA LIVE DEMONSTRATIONでした。
斉藤滋先生がいらっしゃるというので、右左3本ずつ、ZUMA II 5Frが用意されました。助手をさせていただいて、間近で見る5FrのPCIに感動しました。ワイヤーを2本使って、Guiding Catheterをengageさせ、まさに蝶の様に舞うPCIを見せていただきました。
術が終わって、使用済みの5Fr Guiding Catheterをそっと盗んで、水洗いして、..いえ、まさか再生して使用してみたいなんて考えていた訳ではないのですが...大事に持ち帰りました。ほんの20分のPCIにて簡単に変形してしまったへなちょこGuiding Catheterでありましたが、もって帰って触ってみて「使ってみたい!!」とムラムラと欲望がわいてきました。
未使用の物を盗もうとしましたが、泥棒はいけないのでやめました。

2000年の年が明けて、5FrGuiding Catheterのいろいろな噂が広まってきました。「メジャーな先生にはすでに行き渡っている」とか、「○○先生は使ってみて、“こんな物使えないよ!”と、捨ててしまった」「“一般の先生方”には2000年夏以降になります」とか....。

私が初めて自分の施設で手にしたのは2000年2月です。そのころには“一般の先生”である私にも数本手に入る程度に、日本にも輸入されたようです。改めて滅菌されたZUMA 2 5Frを見て、その細さに感動を覚えたのと同時に、非常に強い不安も覚えました。
back upがあまり無くても問題なく、type A or B1の症例を探すのに苦労しました。使ってみたくてたまらないのに、そんな時に限って、難しい病変やCTOをこなす毎日が続きました。

最初の症例は、CX segment 11でした。
普段はad hoc PTCAばかりなのですが、その患者さんはASOも有るなど(総腸骨動脈にアテレクトミーを行った)様々な理由で待機的なPTCAになった方でした。spidar viewで見て非常に素直なCXの分岐角度で有り、久しぶりに見た、type B1の症例で有ったため、「5Frのガイドカテが呼んでいる症例か?!」と、決断したのでした。

素直に終了。なんの問題もない。
この症例から私の5Fr Guiding Catheterの生活が始まりました。

3月終わりの日本循環器学会総会にて、斉藤滋先生が5Fr Guiding Catheterをシースレスで使用してのRotablatorを披露されました。1.5mmのBarrで削るvideoを見て、自分にはできない事ですが、細いカテーテルの可能性にワクワクする物を感じました。当院ではRotaはできないのですが、細いカテの可能性を見せていただいたので、嬉しかったです。

そして、現在(2002,Mar)...約46%5FrGCで仕事をしています。ガイディングカテーテルのサイズをご参照下さい。


http://www.cardiologist.jp/ptca5fr/